2010年11月23日火曜日

久々の更新 草野球チームのメンバー成績

 久々の更新となってしまいました。理由はいろいろとありますが、仕事が忙しく、しかも肉体労働のために日々疲れてしまって・・・更新が遅れてしまいました。

 久々の更新第一回目は、私の所属する草野球チームのメンバー成績です。今年の試合数は去年に比べてかなり少ないものになっていますが、それでも19試合やりました。

 【チーム通算成績】19戦 10勝8敗1分

 【打撃成績】
 サカタ .382 水っち .368 坊や .304 ライト .250 マック .238 妖怪 .227 秀才 .226 キャプテン .217 名手 .211 運動神経 .176 おっさん .174 ぺっぺ .125 プロレス .074 

 (規定打席外) 先輩 .267 サッカー少年 .286 チャパタイ .250

 【投手成績】
 ①サカタ   4勝2敗1S  防御率2.37  奪三振率5.42
 ②坊や    2勝2敗1S  防御率1.13  奪三振率6.38
 ③ライト    1勝2敗    防御率4.77  奪三振率4.77
 ④運動神経 1勝2敗    防御率3.94  奪三振率5.25
※草野球は7回制なので防御率と奪三振率は7回で計算。プロ野球などは一試合9回なので9回で計算。 例えば、サカタの場合、一試合(7回)で平均2.37点の自責点、5.42個の三振をとるということ。
 
 チーム成績はこのようになりました。私自身は、4割いかなかったことと、弱冠防御率が高すぎる点に改善の余地が残されているなという感じがしました。他の選手では、水っちの打率の伸びと坊やの神がかり的な防御率が光っていますね(^^)b。

 これからも、ちょいちょい試合の結果などを載せてきたいと思います。よろしくお願いします。m(__)m
 



 



 



 

2010年4月26日月曜日

2010/04/25 試合結果

 7-4で勝ちました。しかし、個人成績は思わしくありませんでした。
 投球回7 奪三振6 失点4 自責点3 四死球4 3打数無安打でした。

 球は走っていたのですが、ストライクがあまり取れなくて総合的にはいまいちでした。打撃では、マイバットを忘れてしまったので、バットの感覚がつかめないまま終わった感じでした。内容はピッチャーゴロとライトフライ2つでした。 

2010年3月29日月曜日

神戸、大阪旅行

 24,25,26日に神戸、大阪旅行をしました。メンバーは草野球のメンバーでいきました。大阪ではたこ焼き、神戸では神戸牛を食し、城では彦根城、姫路城を見てきました。そして、メインイベントの春の選抜甲子園では、第5日目の日程を見てきました。
姫路城
 姫路城は改装工事がまもなく始まると言うこともあって、雨にもかかわらずかなりの人が集まっていました。天守閣に入るには2時間30分もかかるというディズニーランドのアトラクション並みの待ち時間があることもあって、入りませんでしたが、外観だけでも十分に姫路城の美しさを堪能できました。


彦根城
 彦根城の方は人はほとんどいなくて、すいすい進むことができました。代々井伊家が支え続けた彦根城は、琵琶湖のすぐ近くに位置していました。城の中には、幕末の大老井伊直弼の像や佐和山城と彦根城の関係などがこと細かく書かれていました。また、鉄砲銃眼もありました。お次はメインイベント春の選抜甲子園です。

甲子園球場


 阪神甲子園球場は改装されて、木の蔓が生えている感じではなくなっていました。トイレもかなりきれいで、売店も沢山あり(ケンタッキーもある)かなりよくなっている感じでした。また、観客席はかなり近くなっていて、特にバックネット裏は自分もグランドに立っているかのような臨場感を味わえます。

第一試合 興南 対 関西

 興南の島袋投手のピッチングが光っていました。また、興南の外野陣の強肩には驚きましたね。ボールがフェンス際から、黒土の部分までまっすぐ行ってましたからね・・・・。


第2試合 帝京 対 神戸国際大付属

 帝京の伊藤と神戸国際大の岡本の投げ合いという感じの試合でした。前半は岡本の好投が光りましたが、後半の伊藤のストレートはかなり威力がありました。ガンでも148km/hをたたき出していました。

第3試合 今治西 対 三重

 三重高校のキャッチャー加藤の強肩と、三重高校の選手の足の速さにびっくりさせられました。三重高校のキャッチャー加藤はピッチャーの頭のところに通った球が2塁手の胸元にまで伸びるようなボールを投げていました。あの肩はやばい・・・。また、内野ゴロがあと少しで内安打になるような俊足も三重高校の選手は持っていました。

 こんな感じで二泊三日の旅行をしてきました。平等院鳳凰堂も行ってきましたが、なんか風化していてきらびやかな感じではありませんでしたね・・・。なによりも甲子園が印象に残りましたね。上には上がいるものですねぇ。これからの野球の技術向上に役立てていきたいです。

2010/03/28 試合結果

 昨日ランキング戦がありました。結果は8-0で快勝しました。18位のチームに勝ったので、112位だった家のチームは大きく順位を上げることになるでしょう。
 打撃成績は4打数 2安打 2打点 2盗塁でした。内容はライトへの犠牲フライ、レフトエラー、左安打、右安打でした。怪我をしているので、インコースを打つと左手がものすごく痛くなります。よって、インコースは低目だけしか打てません。ライトへは普通に打てますが・・・。この状態でも成績を残せているので、いいのですが早く治ってほしいものですね。
 投手成績は、投球回数7 被安打4 四死球3 奪三振2 自責点0でした。この日はめちゃくちゃ球が走っていて、相手の打者はほとんど詰まっていました。投げていて気持ちよかったです。
 来週からキャプテンがいなくなるので、少し練習とか大変になりそうですがなんとかはりきっていきたいと思います。

2010年3月16日火曜日

2010/03/14試合結果

 今日の試合結果は4-3で負けました。8番センターで出場し、2打数1安打1盗塁でした。左手首を怪我していたため、8番に降格したのですが、ライトへの2ベースを1本打てたのでよかったです。守備機会が5回ほどありましたがすべて無難に裁きました。
 片手を痛めながら打つ気分は、智弁和歌山の西川君のようでしたね笑。彼の春の選抜甲子園大会での活躍も楽しみにしています。

2010年3月5日金曜日

信長の野望・天道をplayしてみて

 信長の野望の最新作「天道」が2009/9/04に発売しましが、昨日上杉謙信で天下統一をしたので感想を述べたいと思います。

 まず、よかった点を述べたいと思います。今回新しく導入された陣形システムは戦闘のマンネリ化を防ぐ点において、よかったとおもいます。戦法の連鎖確率をアップさせる鶴翼や破壊力をアップさせる鋒矢、移動力をアップさせる雁行などより実際の戦闘に近づいていると思いました。また、街道システムも新鮮でよかったです。そして、技術なんですが、これは匠の町ひとつにつきひとつしかできないシステムで、匠の町を一つしか持っていない場合はひとつしか作れなくなります。武将の能力しだいでばんばん技術を開発していった前回よりは、弱小大名が置いてかれることはなくなりました。

 次に、問題点を書きたいと思います。名声値を上げるためには寺や茶室、教会などの施設を建てなければならないところが少々めんどくさかったです。さらに、後半になると名声値が2000前後になるので、もうちょっとバランスを考えてほしかったなぁ。それと、名声値が高くなりすぎると、どことも同盟が結べなくなるのも本当ならありえないので改善してほしいところです。上杉家でやると最後の最後で、足利家が裏切ってきたし。なぜだ・・・。また、伝承も2つしかなかったのであっても意味ない気がします。それと、長野業正と同盟を結んだ上杉家でやったせいか、包囲網を敷かれるまでどこからも攻められなかったんですよね。もっとCPUを好戦的にする必要がありますね。

 結論から言うと、信長の野望が大好きな私みたいな人なら買ってもいいと思いますが、そうでもない人は買わないでいいと思います。無難にパワーアップキットが出るのを待ちましょう笑。しかしどのシリーズをやっても謙信の強さは変わりないです。謙信の軍勢が5千削られることはありませんでした。

2010年2月10日水曜日

上士と下士

 現在、大河ドラマ「龍馬伝」が放送されていますが、その中に「上士」と「下士(以下郷士とする)」という身分の差が描かれています。なぜこのような身分ができたか。その由縁は戦国時代までさかのぼります。

 西暦1600年関ヶ原で天下分け目の合戦が行われました。西軍の石田光成対東軍の徳川家康が戦いました。ご存知の通り、合戦は東軍の圧勝で幕を閉じます。そのとき土佐(高知県)の大名、長宗我部盛親は西軍に属し所領を没収されます。そして、新しく東軍側から土佐へ派遣されたのが山内一豊でした。
 そこで問題になったのが、長宗我部盛親のときからいた侍たちの待遇でした。長宗我部家が築き上げた屈強の一領具足隊を追い払うことは困難であり、懐柔策が必要でした。そこで考え出されたのが、上士と郷士という二つの身分を確立することでした。徳川から派遣されてきた侍は上士とし、今までいた侍たちは郷士として上士よりひとつ身分を下げるかわりに土佐に住んでもよいという取り決めがなされました。その伝統が幕末まで続くことになり、龍馬伝でその様子が表されているわけです。上士と郷士という身分の差は他の藩でも存在していましたが、土佐藩は特に差別が厳しかったようです。

 ちなみに上士は幕末の後の明治政府の重鎮板垣退助や後藤象二郎がおり、やっぱり明治維新後も差別は続いたのかと思わされる結果となっているんですよね・・・。そして史実では武市半平太は郷士ですが、白札という特別待遇で上士同然に扱われていたようです。なんとなく大河での武市の服装や屋敷は他の郷士と比べてリッチな感じがします。今年の大河はなかなか細かいところも点けている気がするなぁ。