2020年3月9日月曜日

コロナウイルス 休学中の学生の方へ

コロナウイルスで休学中の方への動画をアップしました。
また、その他近頃の偏向報道についての意見も述べています。
ぜひご覧ください。

https://youtu.be/QjKH5-n6sSM

2020年3月4日水曜日

休校中の学生へ 歴史学学習のススメ

 現在コロナウイルスで多くの小、中、高校が休校していると思います。そんななか、休校中にやることをもて余している方も多数いると思われます。それならば、サカタは歴史学を学ぶことをおすすめします。理由は、過去の人間がやってきたことを学ぶことで、これからの自分の人生を有意義に変えていけるからです。人は経験を積んで成長していく生き物です。現在人の平均寿命は日本では80歳半ば位なので、自分だけの経験値は80年程になります。しかし、人類の歴史は古く、確かな記述が残っている戦国時代から考えただけでも、500年ほどの年数があり、その時代に生きた人で詳しい記述のある人は100人はゆうに越えていますので、500倍の人生経験を吸収出来ることになります。そう考えると、歴史を学ぶことは自分の人生経験を擬似的に倍増し、人生を有意義にするための特効薬のようなものと言えるのではないでしょうか。また、若い内から学ぶことで、自分よりも年上の人より、人生経験を学んでいる状態になり、優位にたてることがあると思います。

 もし、少しでも自分の人生を有意義にし、他の人よりも先んじたいと思っているのでしたら、歴史学を学んでみてはいかがでしょうか?ゲームからでも小説からでもお好きなものからでもいいのでおすすめします。

2020年2月5日水曜日

孫子の兵法3

 今回は前回に引き続き孫子の兵法の第7章軍争篇から書きたいと思います。

 『第七章 軍争篇』
 軍争とは、戦場に敵よりも先に到着し、有利な態勢で戦闘に入ることを競う行為を指します。戦場に先着すれば、周囲の地形を把握したうえで要所に布陣できるとか、地勢によっては、伏兵を配置できるとか、あるいは、兵士に休息を与えられるなど、大きな利点が得られます。
 ただし、これをばか正直に実行すれば、文字通り軍を戦場に向かって走らせ、敵軍と先着を競争しようとすれば、補給部隊を後方に委棄せざるを得ず、しかも、戦闘部隊の隊列が途切れて、兵力がさみだれ式にしか戦場に辿り着かず、疲労と混乱のまま戦闘に入って敗北するといった、惨憺たる結末に終わることになるでしょう。
 そこで孫子は、こうした愚直なやり方を避け、決定的に不利な態勢を覆し、自軍野側が戦場に直進・先着でき、不利な条件すべてが利点に転換するやり方を選ぶべきだといいます。
 もっとも孫子自身が語るように、これは極めて高等な戦術であって、その実行は至難の技です。孫子は実際の戦闘において、この戦術を、屈指して勝利を納めたことがあります。孫子が斉の国の軍師として桂陵の役という戦いで見せた「迂直の計」の複雑な仕組みを以下に解説していきたいと思います。

 魏の恵王は、趙の国都・邯鄲(かんたん)を攻略しようと企てた。このとき恵王は、この戦争が趙と戦うだけでは済まず、必ず斉が介入してきて、趙を救援するであろうと読んだ。そこで将軍龐涓(ほうけん)に命じ、八万の兵力でシ丘(きゅう)という地点を占領させた。シ丘は斉軍が邯鄲救援のため西に直進する最短ルートを取った場合、その途上に位置する要地です。つまり、魏としてはここに兵力を配置して斉軍の西進を阻止し、背後を衝かれる恐れを事前に取り除いたうえで、邯鄲を攻囲しようとする戦略です。
 これでは、趙を助けることはできないと考えた斉の威王は、将軍・田忌(でんき)に命じて、救援軍を斉と衛の国境付近に出撃し南下させました。すでにシ丘を押さえられてしまった以上、西方への直進コースを断念し、いったん南に回り込んでから、西北に進もうとの考えでした。
 ところが、この動きを察知した魏の龐涓は、邯鄲から兵力の一部をさき、早々と衛の北部一帯を占領する挙に出た。そこで、斉の田忌は衛を救援して魏の兵力を排除し、あくまで予定どおりに衛の北部を通過して、邯鄲に抜け出ようとした。だが、ここで軍師である孫子(当時は孫ピン)はこの計画をおしとどめ、衛の救援を放棄するよう進言しました。

 以上で、長くなりましたので一旦切ります。次回は孫子の戦略が具体的にどういったものだったのか、書いていきたいと思います。大胆且つ緻密な計算により練られた孫子の計略に驚かずにはいられないでしょう。では、次回お楽しみに。

2020年1月17日金曜日

孫子の兵法1の動画化

孫子の兵法1を動画化しました。

https://youtu.be/9rP8ifPIIE0

是非ご覧ください。

孫子の兵法2 動画化

孫子の兵法2を動画化しました。

https://youtu.be/r79ujEK4Vj0

是非ご覧ください

2020年1月15日水曜日

孫子の兵法2

 前回に引き続き今回も孫子の兵法を解説していきたいと思います。四章 形篇、五章 勢篇、六章 虚実篇を書いていきたいと思います。

 『四章 形篇』
 孫子曰く、戦闘に勝利を収めたのち、天下中の人々が立派だと誉め称えるようでは、優れたものとは言えない。我々兵法家の間ですぐれていると称されるものは、容易に勝てる体勢の敵に勝つものである。それだから優れた者が戦う場合には、世間を驚かせるような奇抜な勝利もなく、智将だとの名声もなく、勇敢な武功もない。したがって彼の勝利にはいささかの危なげもない。何ら危なげがないわけは、あらかじめ勝利を設定した状況が、態勢として、敗れている敵に勝つようになっているからである。
 巧みに戦うものは、決して敗れる恐れのない態勢に身をおいて、敵が敗れ去る機会を逸しない。つまり、勝利する軍は勝利を確定してから、予定通り実現しようと戦闘するが、敗北する軍は、まず戦闘を開始してから、そのあとで勝利を追い求めます。
 こうした勝ち方は、そのような態勢で戦えば、誰でも勝つのが当たり前だと見なされ、世間の評価は得られないものです。世間の人々がもてはやすのは、土壇場での奇策による大逆転や、優先奮闘でもぎとった勝利です。ですがそれは、劇的なぶんだけ、実は際どい辛勝であったとしなければならないと孫子はいっています。そうした賭博に等しい戦闘を排斥し、戦闘をより確実性のあるものにして当然のごとく勝てと孫子は主張しています。

 『五章 勢篇』
 孫子曰く、水が激しく流れて石をも漂わさせるまでに至るのが、勢いである。だから巧みに戦うものは、その戦闘に突入する勢いが限度いっぱい蓄積されて険しく、その蓄積した力を放出する節は一瞬の間である。勢いを蓄えるのは弓の弦をいっぱいに張るようなものであり、節は瞬間的に引き金を引くようなものである。
 勢は、蓄積と発射の二段階より構成されます。前者は限界までエネルギーを蓄積する作業です。蓄積したエネルギーの大小によって発射後の勢の強弱が決定します。また、後者は蓄えたエネルギーを瞬時に発射し、静的エネルギーを動的パワーに転換する作業です。発射に要する時間が短いほど、目標物への衝撃力は強大となります。つまり、エネルギーの蓄積量が大きく、それが短期間のうちに発射されたとき、破壊力はもっとも強大となります。こうした見方をすれば、戦場への兵力の逐次投入は、わざわざ破壊力を弱めて小出しにするもので、孫子の説く勢の理論に反するものになります。身近な例で言えば、仕事や学習などの短期集中のやり方がこれに当たるかもしれませんね。より集中力を持って短時間で行えば、効率は最大化されるというようなものかもしれません。

 『六章 虚実篇』
 孫子曰く、巧みに軍を率いるものは、敵軍には態勢を露にさせておきながら、自軍の側は態勢を隠したままにする。自軍は敵軍の配置が判明しているから、不安なく兵力を集中するが、敵軍は自軍の配置が不明なため、すべての可能性に備えようとして、兵力を分散する。自軍は全兵力で一つの部隊となり、敵は十の部隊になれば、それは、敵の十倍の兵力で見方の十分の一の敵を攻撃することを意味する。つまり、寡兵で大軍を撃破できるのである。
 ここで孫子は、総兵力で優勢な敵に対し、敵の兵力を分断することで相対的有利を作り出し、敵を打ち破ることが可能だと言っています。この戦術は、かなりの高等技術が必要となりますが、成功したときの威力は絶大だと言えます。そして、この戦術をとるためには以下の三つのことが必要になります。
 ・第一に自分達の部隊は自分達の土地を守ることを放棄します。戦力の劣勢により、守備に人手をさく余裕がないからです。そして、部隊を一つにまとめます。
 ・第二に自分達の戦略を偽装して、敵に悟られないようにすることです。偽の情報を流したり、自軍の部隊を隠したりして、敵を油断させ、敵の兵力集中を阻止します。
 ・第三に急速な兵力集中による奇襲の実現です。敵の各個撃破が目的であるので、敵の終結よりも速く次々に撃破するための進軍スピードが必要です。
 以上の三点が確保されたとき、総兵力では優勢な敵を劣勢な兵力で圧倒出来ます。その結果として、いったんは放棄した土地の防衛も自ずと実現できるのです。つまり、至るところを守備せんとする歩哨線方式の防御戦法は、戦力はおろか結局は土地すらも守りきれぬ愚策であると孫子は言っているのです。
 これを実際に行った人物として、日本の織田信長があげられます。有名な桶狭間にて、今川義元を討ったあの戦いは、孫子の兵法に準ずるものではないでしょうか。このブログでも過去に桶狭間の戦いを記事にしてますので、興味のあるか方は是非一度読んでみてください。

桶狭間の戦い 背景
http://bishamondou.blogspot.com/2019/10/blog-post.html?m=1

 以上で今回の記事は終わりです。いかがだったでしょうか?今回は孫子の兵法の濃い内容に入ったので、少し難しく感じた方もいらっしゃったかも知れませんが、含蓄の深い章だったことと思います。次回は第七章 軍争篇です。こちらも興味深い内容となっています。是非ご覧ください。

2020年1月9日木曜日

孫子の兵法 1

 孫子の兵法は、全部で13章まで記されている書物で、竹簡という当時の紙の代わりのものにかかれています。13章を以下に記します。

一章 計篇
二章 作戦篇
三章 謀攻篇
四章 形篇
五章 勢篇
六章 虚実篇
七章 軍争篇
八章 九変篇
九章 行軍篇
十章 地形篇
十一章 九地篇
十二章 用間篇
十三章 火攻篇

 このようになっており、書かれている内容は濃いものの非常に短くまとめられています。今回から少しずつ一章から順番に、ためになる部分だけを抜粋して記していきたいと思います。

 『一章 計篇』
 軍事とは、国家の命運を決する重大事である。国家の存亡に関わる進路の決定には以下の五つの基本事項に自国と相手国を当てはめて、比較することが重要になる。

一 内政の正しい在り方。民衆の意思を統治者に同化させること。

二 気候状態のこと。日陰と日向、気温の低い高い。

三 地理的なこと。地形の高い低い。国土や戦場の広い狭い。

四 指揮する将軍の能力。

五 軍法。賞罰がきちっと執り行われているか。

 戦争は、数多くの事象が複雑に絡み合う複雑極まる事象である。よって、偶然に左右される側面も当然付きまとうが、大局的に観れば総合力で優勢な方が最後に勝利をつかむ。冷静に計略を進めるならば、両軍の敗死と生存とを分ける進路が何であるかが、鮮明に浮かび上がってくる。そこで、確実な勝算が得られた場合にのみ開戦に踏み切り、あらかじめ策定した戦略に従って、予定された勝利を実現するのである。勝算がたたない場合は、勝利の条件が整うまで戦争を回避する方向に努めなければならない。これこそが、戦争を指導する者の何よりも重大な義務である。

 この項は太平洋戦争時の日本に言ってやりたくなる言葉ですね。大国アメリカと戦って勝つ算段が本当にあったのか甚だ疑問であります。まあ、当時の日本の立場もあったとは思いますが。

 『二章  作戦篇』
 一挙に勝敗を決する戦争携帯を想定したとき、周到な用意と莫大な経費が必要となる。従って、空しく日時を費やす野戦での長期持久戦や多大な犠牲を強いる攻城戦、あるいは徒労の長期出兵などは国家経済を破綻させる下策として、非難する。この道理が理解できないものが将になれば国家は経済的に破滅する。よってそのような者は将として失格である。

 この項は大日本帝国の大東亜共栄圏が如何に補給路が延びきったものであったかを連想させます。

 『三章 謀攻篇』
 およそ軍事力を運用する原則としては、敵国を保全したまま勝利するのが最上の策であり、敵国を撃破して勝つのは次善の策である。つまり、敵の軍団を保全したまま勝利するのが最上の策であり、敵の軍団を撃破して勝つのは次善の策であるということだ。したがって、百度戦って百度勝利を収めるのは、最善の策ではない。実際に戦闘させずに敵の軍事力を屈服させることこそが最善の策である。
 戦争とは、あくまで自国の利益を他国と争い、そのために戦うことであって、戦闘によって軍事的勝利を争うのは、その一つの形に過ぎない。敵国の意図を挫く点にこそ戦争の本質があることを深く認識すれば、戦わずにして勝つことを強調する孫子の言葉が、戦争の真理をついているということにならないだろうか。

 以上で今回の記事は終わりです。いかがだったでしょうか?計篇や作戦篇や謀攻篇は現代でも応用すれば色々なところで使えそうですよね。例えば、計篇や謀攻篇はライバルとの出世争いに、作戦篇は家計の使い方などにうってつけではないでしょうか?
 次回は形篇からです。こちらも現代に活用出来そうな有益なことが書いてありますので、是非ご覧ください。